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才能とはニッチ(生態的地位)である

今日の茂木健一郎さん(@kenichiromogi)のTwitterでの
連続ツイートがよかったので、めもめもしておきます。

サニ 才能とはニッチ(生態的地位)である

↓ 以下、まとめてどうぞ♪

 

サニ(1)人には、それぞれ才能というものがある。そのことは小学校の低学年くらいにはわかっていたんじゃないかな。ワルガキ仲間とギャグ・マンガを描き比べた。そしたら、オレよりはるかにうまい線をすいすい描くやつがいた。これが、才能というもんだな。

サニ(2)勉強は全く苦労したことがなかった。蝶をおいかけたり、草野球をやったりして、本を大量に読んで、あとは机にすわってすっと集中すればすらすらできた。だけど、短距離走や、サッカーはオレよりもうまいやつらがたくさんいて、いつもそいつらに才能の上での劣等感を抱いていた。

サニ(3)先日、ある番組でサッカーの前園さんや小倉さんと話していたら、小学校2年や3年でもう6年生のチームに入っていたのだそうだ。「みんなそうですよ」と涼しい顔で小倉さんが言っていた。才能というものは、そんなものなのだろう。

サニ(4)回路の働きのメリハリは、出っ張るところがあれば引っ込むところもある。才能というのは、つまりは自分の脳の個性。なぜか、人よりもうまくできてしまうことがある。それを見つけることが肝心だ。

サニ(5)やりたいな、とあこがれることと、自分が実際に得意で、人よりもうまくすらすらできてしまうことがずれている場合がある。人生とは、つまり、自分の才能がどこにあるか見つける旅路のこと。一直線上ではない。みんなばらばらなんだ。一人ひとり違うんだ。

サニ(6)「わたしが両手をひろげても、お空はちっともとべないが、 とべる小鳥はわたしのように、地面をはやくは走れない。」金子みすゞさんのこの詩は、才能という個性を、なんとのびやかに歌っていることか。できないことがあってもいいんだよ、できることがあるんだから。

サニ(7)そもそも、みんなが同じことをする必要はない。人間社会は、ひとつの巨大なエコロジカル・システム。それぞれが、できることをして、みんなに贈り物をすればいい。つまり、才能とは、ニッチ(生態的地位)のことなんだ。

サニ(8)才能は、一直線上に並べて人に順位をつけるためのものではない。みんな違ってみんないい。それぞれが異なるニッチ(生態的地位)を見つけて、そこで努力して、全体としてすばらしい宝物があふれるような、そんな世界を目指せばいいんだよ。

サニ(9)自分の才能がどうなどと、簡単にわかるものではないから、あこがれたらとにかく努力してみるしかない。ぎりぎりまでやって、それでもダメだったら、他の生態的地位を探すしかない。力をふっと抜いた時に、自分が実はものすごく得意なことが見えたりするんだよね。

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